ハンソン島 1話 心の旅 

ハンソン島に到着。荷物の運び出しをしている一行
ハンソン島に到着。荷物の運び出しをしている一行

 今なぜ自分がここにいるのだろうと僕は不思議に思っていた。水飛沫の向こうには、ひょんなことから来ることになったハンソン島(カナダ)が見え始めた。クルーザーは海を切り裂くようにして進んでいく。これから2週間、この原生林が残る住民わずか数名の島にステイすることになる。ほぼ無人島に近い、この島での生活に心踊るとともに心配事も僅かだがある。

  風呂もなければ、ちゃんとした部屋もなく、集団でのキャンプが強いられる島での生活が自分に耐えうるか。さらに一人旅は星の数ほどしてきたが、集団生活は あまり経 験がない。キャンプ経験という点なら日本ですらほとんどない。さらには、9月のハンソン島の寒さに僕のドンキホーテで買った950円寝袋が耐えうるのか。 心配は尽きない。しかし、心配よりも期待と喜びの方が圧倒的に強い。自分が今、夢のハンソン島に辿り着くのだという高揚感が、否が応でも僕を興奮させる。

 クルーザーが島の入り江に入った時、右手に見えるレッドシダーの頂上に白頭鷲が悠々と降り立った。その2m近くある勇壮な姿で、まるで僕たちを迎えてくれているかのようだった。

 

 

 

アースエンバシー
アースエンバシー

 

 ハンソン島はカナダのバンクーバーからバスで10時間+民間タクシー30分+クルーザーで30分とひじょうに行きにくい場所にある。個人旅行ではとても行けない。というのも、クルーザーをチャーターしないことには島に渡れないのだ。クルーザーのチャーター代は片道約600ドルとかなりの高額。しかもクルーザーを仮にチャーターしたとしても、島で泊まるところも食料もない。完全にキャンプの準備と食料を確保し、しかもクルーザーを自分でチャーターしなければならないのだ。

 クルーザーはハンソン島の岸辺に向けて徐々にスピードを落としていく。モーター音が船体を通して体に伝わってくる。島の湾内にはもちろん港もなく、岸近くは水位がないためクルーザーを寄せるのもひと苦労。一歩間違うと、海底の石などに船のスクリューをぶつけて、傷つけてしまう可能性もある。潮の満ち引きも関係してくるので、クルーザーを接岸していられる時間はそれほど長くはない。島への上陸の喜びも束の間、僕たちはクルーザーから荷物を手渡しですぐさま運び出した。総勢9名分の食料だけあって、かなりの量。荷物を島に降ろすと、クルーザーは颯爽と去っていった。次にクルーザーの船長と会えるのは、2週間後になる。

 みな長旅で疲れてはいるが、クルーザーから運び出した荷物を分担して持つ。そこからキャンプまではさらに20分の山道。疲れているので、顔を上げてゆっくり景色を堪能するだけの余裕もなく、背の高い針葉樹の森閑とした中をただひたすらに歩いた。どんどんキャンプが近づくにつれ上り坂になり、2人がなんとか通れるほどの小道となっていく。リュックを背負った上に、片手に食料を持っているので、肉体的にはかなりきつい。やっとの思いでキャンプの入り口に辿り着いた。そこには『Earth Embassy』という木看板が立ててあった。

ついに着いたのだ! 

キャンプに入っていくと、大きなビニールテントが左手に見え、さらに進むと右手に木造の屋根付き団欒スペースがあり、その奥にメインの小屋が見えた。

 キャンプのボスであり、僕たちをここまで導いてくれたマナの父親でもあるウォレスが迎えてくれた。

「ウォッホッホッホ」と笑いながら、サンタクロースのような白ヒゲのウォレスの顔を見ただけで、僕の疲れはどこかに吹き飛んだ。みんなも同様だった。

Welcom to Yuksum Island(ハンソン島の別名)」

ウォレスはやさしく微笑んだ。

 僕らは一人ずつ握手を交わした。ついにあの写真の男性と出会えたのだ。僕は一人気持ちが高揚していた。いや、僕だけではなかったはずだ。挨拶も済んだところで、男子にはまだ仕事が残されていた。持ちきれなかった、クルーザーから運び出した荷物がまだ岸にあるのだ。またスターと地点まで戻らなくてはならない。僕とカナダ人青年アイザック、お仙さんの3人で取りに戻った。往復40分の道のり。陽が落ちてきつつある。僕らは急いで悲鳴をあげている体にむちうって、来た道を戻った。