第3話 迷える日々

 ただ闇雲にいろいろな場所に出かけては人に会っている時期があった。きっと何かを探していたのだろう。探し物が何かはっきりわからないにもかかわらず、僕は夜の街を徘徊したり、飲み屋を散策したり、イベントがあれば出かけて行った。

 夏をそろそろ感じ始める頃、金沢から友人が東京に遊びに来た。共通の友人を交え、僕らは3人で国分寺にあるカフェ・スローというオーガニック系 のカフェに出かけた。1階がカフェスペースで、2階が展示スペースになっている。食事を終え、1階の雑貨などを見た後、一人で2階へ上がる。ちょうどヘン プ素材の服の展示販売会が行われていた。服は女性物がほとんどだったのと、服にかけるお金が今ないというのもあり、鑑賞もそこそこに1階に下りようとし た。

 たまたま足元に展示してある写真に視線を落とした。長い白髪と白ヒゲを蓄えた白人男性が、緑豊かな景観をバックに座っている写真だった。なぜかその写真に強く惹かれ、手にとって僕はじっと見ていた。
「それ、私の父なんです」
 後ろから突然声がした。振り返ると、白人とのハーフらしい美しい女性が立っていた。
「‥‥で‥‥に住んでいる父なんです」
 美しい女性に突然話しかけられて緊張したのもあり、僕はうまく聞き取れなかった。僕が手にしていた写真に写っていた男性が、ウォレスだった。そ して、ウォレスの娘であり、ヘンプの洋服などを販売していたのがマナだった。特に何も購入しなかったが、彼女の出したノートに連絡先とちょっとしたイラス トを書いてそこを後にした。

 マナは日本人とカナダ人のハーフで、ダンサーである。ダンス以外にもヨガや瞑想、絵など幅広い分野で活動していた。その後、マナと連絡を取るようになったことで、ヨガや瞑想のマスターである仙人さんとも出会い、ヨガや瞑想の他に農業へも関心を抱くようになった。

 マナという生き物は、日本で普通に生活していたら、まず作り出すのは不可能だろう。マナは全てを包み込む菩薩のような母性を持っていて、何にも 属さず自由奔放。そのキャラクターは僕の思考の範疇から飛び出たものだった。いったいこの女性はどういう環境で育ち、両親はどういう人たちなのだろうと僕 は興味を抱いていた。
「来年8月末ぐらいにハンソン島行くんだけど、ハジも行く?」
 マナは年末頃だったろうか、僕に聞いてきた。
 よくマナから話には聞いていたが、自分がそこに行くなんてまだ想像もできなかった。
「行きたいけどね、まだわからないな」
 僕はそうお茶を濁していた。お金の問題も確かにあったが、それ以上に実感がわかなかったのだろう。だが、新年を迎え、勤めていた広告代理店を辞めた頃には、ハンソン島へ行くという意志も自然と固まっていた。

写真は、若き日のウォレス。
北極でのアザラシ保護活動成功を祝して。